人生の夏休み、もうすぐ砂漠

男子大学生のゆるふわ日常系ブログ(ウソ)

パズドラやってる?

もう何回聞かれたことか...

なんなんだよパズドラ

いつからお前は市民権得たんだよ

パズドラなんて嫌いだ!

  

最初のうちは

 パズドラやってる?

ううん、やってないよー。面白いのー?

 と興味があるニュアンスを含めて返していたものの

 

 次第に

パズドラやってる?

いや、やってない。

と、なっていき

 

 現在では

パズドr

パズドラ、ダメ絶対!!!

の域まで達した


典型的なやらず嫌いです、はい。

 

でもさ、パズドラは人を、人格をも変えてしまうと思うの

 バイト先のAさんはパズドラ前は超まじめに働いてたのに

今ではバイト中もパズドラ

もちろん働かない

 

 恐るべしパズドラ...

 

 しかもだよ、

 やってる本人が堕落するだけならまだしも

熱心なパズドラーたちは布教活動まで自主的にしている。

 

 こわい

こわいよパズドラ

 

これもうあれじゃん。

 

 宗教じゃん。

 

 そうだ、パズドラは宗教だったんだ!

 

 

 ということで、今日は宗教について書こうかなと。

(というかこれが書きたいから宗教とか使った)

 ぼくの好きな小説、伊坂幸太郎さんの『砂漠』という本の中で

登場人物の鳩麦さんが宗教についてこんなことを言っております。

 

以下引用。

 「怪しい宗教かあ」と僕はピザを皿から取り、口に入れる。

「僕は真面目な大人たちが、不気味な新興宗教にのめりこんでゆくのが、理解出来ないよ」

「そうかな、わたしはできるよ」と鳩麦さんはすぐに言った。

「え、どういう風に?」僕はまさか、鳩麦さんが自信たっぷりに答えてくるとは思いもしなかったので、少し驚いた。

「毎日毎日、わたしたちって必死に生きてるけどさ、どうしたら正しいかなんて分からないでしょ」

「え、どういうこと?」

「何をやったら、幸せになれるかなんて、誰も分からない。そうでしょ」

「うん、そうですね」南がうなずいた。

「変な話、砂漠にぽんっと放り出されて、『あとは自由に!』って言われたようなものじゃない」

「自由に?」

「そう。どうやって生きればいいか、なんて誰も教えてくれない。お好きなようにと支持されるのって、逆につらいと思うんだよね」

「どういうこと?」

「みんな、正解を知りたいんだよ。正解じゃなくても、せめて、ヒントを欲しがってる。だから、たとえば、一戸建てを買う時のチェックポイント、とか、失敗しない子育ての何か条、とか、これだけやれば問題ないですよ、っていう指標に頼りたくなる」

「確かにそういう部分はあるよね」

「でも、人生全般にはそういうものってないでしょ。チェックポイントとか。何か条とかはない。自由演技でしょ。だから、誰かに、『この修行をすれば幸せになれますよ』とか、『これを我慢すれば、幸福になりますよ』とか言われると、すごく楽な気分になると思うんだよね。どんなに苦しくて、忍耐が必要でも、これをすれば幸福になれるって道しるべがあれば、やっぱり、楽だし。だってさ、わたしたちって子供の頃から、やることを決められているわけじゃない。生後何ヶ月検診とか、六歳で小学校へ、とか、受験とか、考えなくても指示を出されるわけでしょ。例年通りの段取り、とかさ。不良少年が卒業式を迎える段取りだって、あると思う。それがある時、急に、自由にどうぞ、って言われて愕然としちゃう」

「それが宗教ってこと?」

「そういう宗教もあるってこと」鳩麦さんがコップの水に口をつける。

「よく、怪しい宗教には、階級みたいなのがあるでしょ。修行によって、どんどん偉くなる感じの。ああいうのはほんとうに良く出来ていると思う。これをやったら一つ階級が上がって、上がってゆくほど幸せになる、って言われたら、やっぱり気分的には楽でしょう?」

「楽かな」

「つらいけど、楽だよ。何をすれば良いのかわかっていて、しかも、結果も見えるんだから。でも、結局、そういうのに頼らず、『自由演技って言われたけど、どうすればいいんだろう』って頭を掻き毟って、悩みながら生きて行くしかないんだと、わたしは思う」

 

 良いね。

「長ぇ、何でこんなことしてるんだおれは...」とか思ったけど

やっぱり良いね。

 

つまりそういうことなんですよね。

そのへんは鳩麦さんが全部言ってくれてるから

ぼくがあえてなにか書く必要ないと思われ。

 

と、いうことで

 おしまい。

 

 

 

 本の紹介しかしてないじゃん…

 

 しかも宗教あんま関係ないし...

砂漠 (Jノベル・コレクション)

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